「春の午後の僕と彼女の事情」

春。
引き裂くような寒さに別れを告げ、柔らかな日差しが恋人達を祝福するかのような季節。
麗らかな小春日和の公園通りを歩いてみる。
新緑の風を浴びながら、軽く深呼吸を一度二度。
新鮮な空気と新たな生命の息吹に心を満たされた僕は、いつの間にか自然と笑みを浮かべていた。
「……どうしたん?何かおもろいもんでもあるんか?」
僕の顔をのぞき込む少女。
やや挑発気味のキツめの瞳。
愛らしく、かすかに残るそばかす。
常に笑みを含んでいるかのような唇。
とても日本一になった野球部のレギュラーとは思えない華奢な身体。
そう、僕の最愛の人、木村由佳だ。
「いや、別に何もないよ。ただ……」
「スケベエな事でも考えとったんやろ?分かってる分かってる」
何を納得したのかは分からないが、由佳はしきりに肯きながら手をヒラヒラとさせている。
「違うよ。僕はただ、由佳と一緒にいられるだけで幸せだなって……」
通りかかった木々の隙間からこぼれる木漏れ日に手をかざしながら、由佳だけにしか見せない笑顔で僕は続けた。
「……あほくさ……」
さわやかな陽気にはおよそ似つかわしくない表情で由佳は一言だけ吐き出した。
「どうしたんだ?今日は何となく様子がおかしいようだけど……体調でも悪い?」
「二股……」
ジト目で僕を睨みながら、聞き慣れない単語を口ずさむ由佳。
「え?何?」
由佳の愛らしい唇から紡ぎ出される旋律を聞き逃すまいと、僕は若干身体をかがめ由佳の口元に耳を近づけた。
「野々原はんと付き合っとるんやって?」
「………………」
「どうしたん?顔色悪いで?」
「え、い、いや……あははははは……」
図星だった。
「なんや、さわやかなイメージやと思っとったのに……ほんまの自分はドロドロしとんねんな」
俺の額から汗が滝のように流れ落ちている……
「何を言ってるんだよ。僕はほら、アレだよ。爽やかボーイだよ?青春まっしぐら少年だよ?いわゆるチェリーボーイだよ?二股なんてそんな……俺みたいなピュアな心の持ち主がする訳ないじゃん。誰から聞いたか知らないけど、そんな根も葉もない噂……」
「野々原はんが言うとった。あんたと付きおうとるってな」
「………………」
由佳の声が俺の耳に突き刺さる
。 俺の耳はしっかりとホールドされているため、特に耳が痛い……
「どうしたん?爽やかボーイ?」
この場の雰囲気をごまかすためのオーバーアクションが封じられてしまい、今世紀最大のピンチを迎えた俺。
由佳の強烈なプレッシャーの前に表情が徐々に強ばってくる。
そう、例えるならアムロと戦うシャアの心境に近いだろう。
いや、そんなことよりも今の状況整理の方が大事だ。
ごまかすための手を封じられ、雰囲気は最悪。
爽やかボーイ的な笑みを称えていた俺の顔は変質者に追いつめられたマチコ先生のように『イヤン!もう、まいっちんぐ!』的な表情に変わっていることだろう。
やばいぞ俺!
ピンチだ俺!
「果たして俺の明日はどっちだ!?」
「何言うとんねん!」
関西人なら誰もがふところに仕込んであるという仕込みハリセンで、強烈なツッコミを入れる由佳。
ツッコミの瞬間、俺の耳をホールドしていた力が弱まった。
チャンス!
『ツッコミ・ハイ』状態だ!
ツッコミの人間がベストなタイミングで突っ込んだ瞬間、その動きを0.5ミリ秒ほど止め、恍惚とした表情を浮かべる事がある。
コレがいわゆるツッコミハイ状態だ。
関西には突っ込む人間とボケる人間の二種しか存在しないと聞いたことがあるが、どうやら由佳はツッコミ側の人間のようだ。
あれ?ちょっと待てよ。
由佳は確か、東京育ちの東京出身だったはず……
「長いわボケェ!何グダグダと訳のわからんこと考えとるんや!」
ハリセンの二撃目が俺に炸裂する。
さすが突っ込み人間『木村由佳』。
俺の頭の中にまで突っ込んでくるとは……
「腕を上げたな由佳よ……。お前に教えることはもう何もない。さ、この吹いても音のならない縦笛を吹きながら、海で山籠もりをするといい……」
「何訳のわからん事言うてんねん。ほんまにもう……何でこんな男に惚れてしもうたんやろ?」
「みなさん、そうおっしゃいます……」
「あのなぁ……。はぁ、分かった。もうええわ」
「由佳ぴゃん、許してくれるの?」
「しゃあないやろ。浮気は男の甲斐性や言うし……」
呆れたような表情を作りつつ、由佳は大きなため息を吐いた。
二股を容認させてしまうほど由佳を惚れ込ませてしまうとは……フッ俺も罪な男だぜ。
「ただし!野々原はんとは速攻別れるんやで!分かったな?」
ズビシッ!と突き出される由佳の指先。
「なんで?」
目の前にある由佳の人差し指をペロリとなめつつ、俺は至極当然の質問を投げかけた。
「なんでって……そんなん……」
「それじゃあ聞くけど、由佳は俺が二股もできないくらい甲斐性なしで魅力のないダメダメボンバーな男でも良いの?すれ違う女の子達が思わず振り返って羨望のまなざしを向けちゃうくらいのいい男ちゃんでなくても平気なの?」
「いや、それとコレとは話が……」
「違わない。ああ、違わないさ!違えば、違い、違わえるはずさ!」
「……その変化はおかし……」
「由佳は俺がブ男でもOK?ドロドロ系の油ギッシュでもOKなの?鼻くそや耳垢を採るためだけに小指の爪を伸ばしちゃうようなヤツでもOKって事?」
「それは……う〜ん……確かにイヤやなぁ……」
「だろ?だったら、コレで良いじゃん。今までも、これからも今と変わらぬ俺のままで……ね?」
「うん……ま、ええか。なんか、旨いこと言いくるめられたような気がするけど……」
ニヤリ……落ちた……
「ん?落ちた?」
「え?ああ、この前ハンカチを落としちゃってさ……」
心の汗を思いっきり拭いつつ、いつものファニーフェイスを由佳に向ける。
「なんや、ハンカチか……。うちはてっきり、あんたがうちの事を心の中で『落ちた……』と思ったんやと思ったわ」
「はは、あはははは……な、何を言ってるんだよマイハニー」
さすがは由佳。心の声にツッコミを入れられる女……
「あれぇ?木村さんじゃない?」
と、俺の背後から『野球に狂った末に妖精が見えてしまうようになっちゃったという困ったヤツ』特有の声が聞こえてきた。
現在、この地球上でこの種の声を持つ人物はただ一人のはず……
「あ、野々原はん」
やっぱり……
「よ、よう……千晶」
ぎぎぃっと、金属が軋むような音を立てつつ、俺は千晶の方に振り返った。
どうか、あのおまじないの効果が効いていますように……
「あ、やっぱりデートだったんだ!」
「う、ううん……まあ、そうやけど……」
何かイヤなことを思い出したかのように、由佳は俺を振り返る。
まずい……由佳の視線が再び殺気を帯びだしている……
「じゃあさ、あたしも混ぜて3人でデートしようよ。ね?」
「……はい?」
にこやかにナイスな提案を発する千晶に対して、由佳は『ノウミソ、ダイジョブデスカ?』というつたない日本語で思いっきり失敬な発言をする外人のような表情で迎え撃っている。
「2人より、3人の方が楽しいしさ……ね?お願い」
「野々原はん、うちらが二股かけられとるってこと知ってんの?」
「知ってるよ」
「ちょ、ちょお待ち。野々原はん、どっかに頭ぶつけた……って、野々原はんがおかしいのはいつも通りやし……」
普通の人には思いっきり失礼に聞こえる独り言をブツブツと繰り返している由佳に対して、千晶は瞳から不思議な光を発しながら、こう語りだした。
「ある日ね、野球の妖精さんが私にこう囁いたの。『二股は楽しいね。歌はいいねぇシンジ君』って」
この時の妖精は、何故か、俺の声を甲高い周波に変え千晶に囁いたのだ。
一見、俺が千晶を洗脳したように思われるかも知れないが、口元は動かさないように注意してたし、あくまで野球の妖精が俺に乗り移っていたかのように俺が感じていたから、それで万事OKだ。
「だから、二股は良いことなの。分かった?木村さん」
「……それ、絶対騙されてると思うわ……」
「さて、それじゃあ、二人とも落ち着いたところで、どこに行こうか?」
「だああああ!!うちは落ちついとらへん!!」
「木村さん。落ち着かないことには良いプレーには結びつかないわよ?」
「誰が今、そんな話をしとるっちゅうねん!うちはこの『二股』っちゅう状態がやなぁ……」
「由佳は俺がブ男でもOK?ドロドロ系の油ギッシュでもOKなの?鼻くそや耳垢を採るためだけに小指の爪を伸ばしちゃうようなヤツでもOKって事?」
「いや、それはちょっと……」
「だったら、いいじゃん!ね、行こう!」
「さ、話がまとまったところでレッツゴーだ!」
「ちょ、うちはまだ納得しとらへん……」
「そんじゃ、千晶と二人だけのデートに切り替えますか」
「う〜ん……そうだね。木村さんが行かないんなら、しようがないか……」
「ちょい待ち!誰が行かんっちゅうた?」
「んじゃ、行こうか」
「え、あ、いや、それはあの……」
「んじゃ?行かないの?」
「………………」
「あたしは……木村さんに任せる。2人でも3人でも、あたしは……一緒にいられるだけで幸せだから……」
「んじゃ、千晶。行こうか……」
「ちょっと待った!うちも行く!」
「んじゃ、予定通り3人でレッツゴー!」
「レッツゴー!」
「……負けへんで、野々原はん」 「あたしも負けないわよ。エースの座は誰にも渡さないわ!」
「いや、そうやないんやけど……」
「俺も負けないぞ。泉ちゃんも馨も玲子も恭子も、それからえ〜と……とにかく、霞ヶ浦女子野球部の全員は誰にも渡さないぞ!」
「あんたはまだ、気がすまんのか!!」
「でも、そんな俺が好きなんだろ?」
「………………」
「好きなんだろ?」
「……しらんわ……」
「ねえねえ、あたしメロントパーズが食べたいなぁ……」
「ようし、それじゃあ、由佳のおごりでメロントパーズだ!」
「だあああ!!何でそうなるねん!!」
「でも、好きなんだろ?」
「あ、あのなぁ……」
「メロントパーズ、メロントパーズ!!」
「さ、言ってミソ?俺のことが好きだって」
「……あほ……」
花見の酔客であふれる公園通りの真ん中を、僕たちは4、5人踏みつけながらまっすぐ歩き続ける。
僕のささやかな夢である『霞ヶ浦女子野球部員総恋人化計画』まで……あと、何人だっけ?
「せやから、そんな邪悪なこと考えるなっちゅうねん!!」
「でも、そんな俺が好きなんだろ?」
「………………」

お・し・ま・い


ピーシイの一言いわせてっ。
ドキプリプレイヤーの生態(プレイスタイル)を見事に描いた傑作。
同時攻略は常識なこの(ギャルゲー)世界の現状を鋭く突いた問題作ですね(爆)
登場人物が千晶と由佳にゃんなのは、ピーシイが謎のライターさんに
「千晶と由佳にゃん出ないとやだ、やだ〜!」おねだりしたからです(^o^)


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